キャリアカウンセリングをめぐる冒険その6「分断と統合」

朝にブログを書くのも3日目になりました。ここで終われば3日坊主。人は2週間つづけると週間になるそうなので、とりあえず2週間がんばってみます。

昨日は点と点をつなぐことについて書いたので、今日はそこから少し発展させてみたいと思います。

世界は分けてもわからない

私たちは驚くほど小さな細胞の集まりから構成されています。それは日々入れ替わり、とどまることを知りません。私たちは生命として固定的な存在というよりは、一種の現象として存在しているのかもしれません。

そのような科学的な思考に基づくと、つい私たちはいろいろなことを分けて考えたくなります。大きなプロジェクトを進める際にはそれを細かな単位に分けるでしょうし、1つのキャリア上の問題を考えるときにも、それらを構成する要素に分けて考えようとします。

ただこの「分ける」というアプローチはどこまでいっても際限なく続くことがあります。科学の世界では原子が一番小さな世界の構成単位だと思われていたことがありましたが、原子も陽子や中性子で構成されていることが分かりました。その陽子も中性子も更に細かく分けることができるようです。世界はどこまで分けていっても分からない。

福岡伸一先生著の『世界は分けてもわからない』でも、生命というものがどこにあるかは、いくら細かく分けていっても見つけるのが難しい。顕微鏡の世界に生命はないことが示唆されています。

分断から統合へ

キャリアカウンセリングにおける点を集める行為、あるいはクライエントのごく一部にフォーカスしていく行為、あるいはクライエントが抱える問題を細かく分けていく行為というのは、それ自体では有機的なアプローチに足りえません。

むしろ私たちが積極的関心にむけるのは、それらを統合する視点、クライエントの全体性を見つめる視点、点と点をつなぐ視点なのです。

クライエントが「Aにするか、Bにするか」と迷っているとき、Aの構成要素をさらに分け、Bの構成要素をさらに分けていっても、そこには途方も無い世界が存在します。分けるだけでは、どこかにたどり着くことは難しいです。

私たちはその時、AとBの前で立ちすくむクライエントの感情を共有します。そこで起こっていることを理解し、その迷いが一体なにであるかを理解していきます。するとそれは「AかBか」ではなく、「AかBかで悩む自分と、それを見つめる自分」という構図に変わっていくのです。

私たちはそうした構図が生まれる瞬間を見逃さす、悩む自分と見つめる自分をうまく統合できるようにサポートします。分けるのではなく、統合するのです。クライエントが問題なのではなく、問題が問題として存在することを認め、それに悩むことを許せるように。

無機から有機へ

分けるアプローチは機械的なアプローチです。分けていけば、どこのパーツが故障しているか、どれを交換すれば良いか分かります。

でもそれは人間という有機的な存在、特に感情についてはあまり意味をなしません。キャリアカウンセリングに求められる姿勢はクライエントを有機的な存在として扱うことにあるのだと、今は思っています。

時間なので今日はここまで。